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2013-10-06 21:32 | カテゴリ:食べ物
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 新橋の古い喫茶店で見つけた昔のプリン。卵と牛乳、砂糖だけ、硬めで小さな「す」が入ってることが肝心です。生クリームは絶対No! 最近、絶滅しつつあるタイプです。昔のプリンと謳っていても違う物も多いので注意。この喫茶店(パーラー)のプリンは絶対これだと前から目をつけていて、やはり当たりでした。先週から2週続けて頂きました。今回はお客さんが少なかったので密やかに撮しました。プリン好きの女性は多いと思いますが、わたしもプリンについては思い出が沢山あります。6歳の頃の好物のおやつは母が作ってくれたハウスのプリンでした。小さな国旗のおまけがついていて、集めていました。この頃からすでにフィギュア収集の歴史が始まります。プリン=ハウスのプリンだったわたしが、デパートの食堂(福井のだるまや)で[本当の」プリンに出会い、感激でそのときのスプーン(写真のスプーンと同型)を子供のふりして(6歳の子供ですが・・)握りしめてお持ち帰りしてしまいました。そのスプーンはプリンを食べるときには必ず使うことにしていました。今も使っています。家では相変わらずハウスのプリンでしたが、それはそれで満足しておりました。そういえばおまけに各国の国旗がついていたのは、オリンピックイヤーだったからなのかなと、今になって思いつきました。東京オリンピックを白黒テレビで見た世代です。でも、記憶はカラーなんだよね〜。オリンピックの記憶は6歳の柔らかい脳には十分に染みいっていて、高校の時に同級生にリスカルなんてあだ名がついて、同級生は皆「そーそー」似てるなんて言ってました。みんな見てたんだね−。リスカルは東洋の魔女と対戦したソ連の女子バレーの主将です。髪結ってスパイクしてた。そんなこと見てない人が聞かされてもつまらないよねえ。子供の頃に熱中したことを同じ気持ちで話せる友人がいるのって楽しい。友達は大事にしよう。それから昭和の子はプディングって恥ずかしくて言えないな〜。
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2007-06-06 22:17 | カテゴリ:食べ物
 今日は49歳の誕生日でした。いつもと同じように洗濯して、掃除してしずしずと1日が過ぎゆく予定でしたが、なんかつまんないしーってことで、生まれた病院を見に行くことになりました。場所は高円寺なんですけど、何せ、無形文化財的方向音痴の姉がナビゲーターでしたので、たーいへんに寄り道の多い道行きになりました。迷っただけでなく、八百屋や魚屋、総菜屋、ケーキ屋、パン屋、古い喫茶店、古着屋、古本屋と寄らなきゃと思わせる店も多くて、しばしばはじめの目的を忘れて、路地の奥へ奥へとさまよい込んでしまうのでした。しかし、ありました。代は変わったと思いますが、昔と同じ産科をやっておられました。看板の前で写真を撮ってきましたが、49年前にここで生まれたのかなどとおもむろに感動しようとしましたが、まぁそれほど感慨深いものでもありませんでした。何せさすがに何も覚えてないから。それよりも、あそこの肉屋でハムカツ買って帰ろうとか、大学芋もうまそうだったしなどなど夕飯の作戦を立てながら、今来た道を驚くほど覚えていない姉の手を引きながら足早に駅前の商店街を目指しました。最後の1枚のハムカツ!ゲット。これは、もちろん誕生日の私がいただきました。


2006-11-04 13:25 | カテゴリ:食べ物
 秋の休日の1日。ちょっとした仕事で出勤。歩行者天国でにぎわう中央通りを避けて裏通りで、やや遅いランチとなりました。一人、通りを眺めながらステーキにビール。あ~大人になって良かった、と思う瞬間。40歳を過ぎた頃から、休日の昼下がりに外でビールという至福を覚えてしまいました。一人昼からビールが楽しめる店は、年配の女性が給仕をしてくれるような少し古い店で、できれば麒麟麦酒の小瓶があること。くんくんとかぎ分けて、3軒ほど見つけてあります。その後、私にしては活動的に、上野、浅草と銀座線でまわる。上野の西郷さんの足元の聚楽台に初めて入店。ここでもビールに、牡蠣フライ、ギョーザ。想像していた通りのわかりやすいメニュー、きびきびした店員さん。何よりも、御徒町からきゅるきゅるとカーブを曲がって、上野に入ってくる電車が同じ高さで見えるのがすばらしい。浅草の屋根裏のような喫茶店のケーキもおいしかった。空を見上げりゃ13夜。本日は大人の東京お食事案内でした。

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